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大阪高等裁判所 昭和27年(ラ)38号 決定

抗告人 本田隆好

右法定代理人親権者 父 本田三郎 母 本田峯子

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由は別紙記載のとおりである。

抗告人はその出生当時「隆彦」と名ずけたかつたのであるが、当用漢字表に「彦」の字がなかつたためやむを得ず「隆好」と名ずけて届出をしたところ、今回人名に用いる漢字の制限が緩和せられ、「彦」の字を人名に使用できるようになつたから「隆好」を「隆彦」と改名したいと主張するから考えてみるに、一旦つけられた名を変更することは、個人に対する同一性の認識を害し、社会一般にも支障を与えることになるから、名の変更の許されるのは個人の側に名を変更しなければ、社会生活上支障を来すなどの事由があり、社会の側からみてもそれがもつともと思われる場合でなければならない。戸籍法第一〇七条第二項において名の変更に「正当な事由」を要するものと定めた理由もここにある。昭和二十六年五月法務府令第九七号戸籍法施行規則の一部改正によつて、当用漢字、片かな又は平かな(変体かなを除く)の外に、同年五月内閣告示第一号人名当用漢字別表に掲げられた「彦」の字を含む九十二字が新たに同年五月二十五日以降名に用いることの出来る常用平易な文字の範囲に加えられたが、これはこの時以後に初めて名をつける場合や、従前の名を改める場合に右別表に掲げられた文字を使用することができるというだけであつて当然にこの時以前に遡つて適用せられなければならないものではない。従つて当用漢字表になかつたためやむを得ず名に用いなかつた文字がその後右別表に掲げられるに至つたとしても、ただそれだけの理由では名の変更について正当な事由があるものということはできない。

所論のような京都家庭裁判所長名義の新聞紙上の解答があつたとしても、そこに表れた見解は当裁判所の採らないところであり、原審判において戸籍の混乱を来すというのは、抗告人主張のような理由だけで改名を許すと前示のように個人に対する同一性の認識を害し社会一般にも支障を来すと云う趣旨であり、又姓名判断上よい名であるというだけでは名を変更するについて正当の事由があるものと云えないから、抗告人の主張は総て採用できない。そうすると抗告人の本件申立を却下した原審判は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

理由

一、名の変更申立の直接動機となつた別添昭和二十六年六月二十三日付○○新聞「婦人相談室」欄に掲載された「子供の改名手続法」の全く同様ケースの質問に対する、京都家庭裁判所長渡辺彦士氏の解答はあくまで正しいものと認められる。何となれば若しこの解答が誤りなりとすれば、後日直ちに訂正の発表あるべきが当然であるが、これが掲載後一度も訂正の公表が絶対なされて居らない。これは、この解答が正しいことを裏書するものである。又苟しくも、専門の任に当つて居る家庭裁判所の最高責任者たる者が誤れる解答を公表し放つしということは、極めて常識的に考えてもあり得ないことである。申立代理人は、この解答の正当性を心から信じて疑わないものであります。斯くの如く家庭裁判所長の明確なる解答にもかかわらず家事審判官は人名用漢字制限緩和による名の変更を不可能と審判されたことは誠に不可解とするものであります。

二、家事審判官は、人名用漢字制限が緩和され、この緩和の利益を受けるのは、緩和後に出生した子供に限られるものと解すべきであり、若しそうでなく遡及して効力があるものとすれば、漢字制限当時命名された子供の名を緩和後の字に変えて名を変更しようとする者が続出し、戸籍の混乱を来たし、収容がつかなくなる虞れがあるから変更を許すべきでないとされて居るが、成程、漢字制限期間中、即ち昭和二十一年十一月十六日から昭和二十六年五月二十五日までに出生した者は、京都府内で一〇七、六三九名に達しているが、これらの者の総てが漢字制限のため已むを得ず当用漢字で命名したとは考えられず、従つて前記一〇七、六三九名が全部昭和二十六年内閣告示第一号「人名用漢字別表」に掲げられる子の名に変更を申立てるということは先ず絶対といつてよい位無いのであるから、それらの者が、戸籍の混乱を来たし収拾がつかなくなる程続出するという事も考えられないのであります。恐らく京都家庭裁判所においても、何千件、何万件と此の申立があるわけでありましよう。

三、世間一般には科学、数学等では割り切れない幾多の事象があり、これを一率に馬鹿げた迷信とばかり簡単に片付けてしまうには余りに神秘な事実によく遭遇する事がある。殊に日本人の姓名もその一例に該当すると云えよう。家事審判官は、名は他人と区別する一種の符号に過ぎないといわれるが、単に他人と区別する一種の符号に過ぎないのなら尚更のこと、如何なる名、如何なる字を使用しても良いわけであり、申立代理人の希望する「彦」の字の名に変更しても他人と区別する目的は何ら迷惑なく達せられ聊かも差支えないものと思料せられるものであります。

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